大判例

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広島地方裁判所 昭和27年(タ)11号 判決

原告 山川モトヨ

被告 山川利雄

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は原告と被告とを離縁する訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求原因として、

(一)  原告は明治二十六年十月二日訴外山川梅吉と婚姻し、明治三十年九月二十六日長男丈夫を儲けたが、梅吉は同三十六年単独でハワイに出稼ぎその頃より音信絶え、長男丈夫は大正十一年九月二十五日死亡し丈夫の遺児明も亦その一カ月後死亡した。

(二)  原告は昭和三年十一月二十三日被告と養子縁組をなしその届出を了したが、その後被告は今次大戦の終結に至るまで呉海軍工廠に勤務して原告と別居生活をし、終戦後原告の下に帰つて来て同居の生活を初めた。

(三)  然るに原告と被告及その妻との間が兎角折合悪く生活しているうち、被告は原告に無断で昭和二十三年梅吉の失踪宣告の申立をなしその宣告を得、同年六月十日右宣告は確定しその旨届出で自ら戸籍簿上家督相続人となつているのを後日発見驚愕し、家督相続無効による戸籍訂正許可の裁判を得戸籍訂正したが、爾後両者の間は日毎に疎隔の度を増し、別世帯をなして各別に冷い生活を続けていたが、特に昭和二十六年十一月二十三日頃には「おばあさん(原告)に鎌を打込んでやろうか」等と罵言したことがあつた外、同二十七年一月十一日原告は家庭の不和を苦にし投身自殺のため家出したが近隣の者に探知され未遂に終つたこともあつた。

(四)  而して被告は昭和二十七年三月二十八日原告を相手方として離縁並財産分与の調停の申立を広島家庭裁判所にしたが調停は不調に終つた。

(五)  更に原告は昭和七年七月十九日広島市江波町字長通六百八十三番地田五畝一歩を買受け被告名義に登記し爾来原告が耕作して来たのであるが昭和二十八年中被告はその地目を宅地に変更した上他に売却しようと試みよつて原告の唯一の耕作を妨害しようとしている。

(六)  斯々の如く原被告間には到底回復し得い感情の溝が出来ておりこれは養子縁組を継続し難い重大な理由であるので民法第八百十四条第一項第三号により離縁を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

と述べ被告主張事実を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告請求原因事実中第一、第二、四項を認め、その余の事実は争う、(一)原告は被告が原告に対し鎌を打込んでやろうかと罵つた旨主張するけれどもそれは被告が知人に対し「いくら親でもあまり無茶なことをいうていじめられると鎌でも打込んでやろうかという気になることもあるが親だから我慢しなければならぬ」というたもので原告に向つて左様なことをいうたのではない、又原告は投身自殺を決意した旨主張するけれどもそれは原告が被告の立場を悪く一般に知らすために投身自殺を決意したように装うて一時他出しただけのことであつて原告主張のような事実があつたのではない。(二)又仮りに原被告間に多少感情の阻隔があるとしても元来被告は山川梅吉の甥であつて親族相談の結果山川家の後継ぎとして養子縁組をしたのであつて、爾来専心家運の発展に精進し昭和六年頃から被告の勤務の関係で別居し呉市に居住していた当時も給料の中より毎月原告の生活費を送金し休日の都度家に帰つて田畑の耕作につとめ、又終戦後原告と同居するようになつてからも今日まで税金、電気、水道、交際費等一切を支弁し専ら山川家を護つて来たのである。然るに戦後の食生活に困窮した頃から何かと風波が起り原告と別世帯にするようになつたが昭和二十二年頃原告が被告に対し家風に合わないからとてその妻を離婚すべきことを迫り、原告はこれを拒んだところ爾来原被告は不仲となつたものである。以上の事実によれば本件縁組を継続し難い重大な理由があるといい難く原告の請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

真正に成立したものと認められる甲第三号証に原告本人の供述を綜合すれば、原告が昭和三年十一月二十三日被告との間に自ら当時不在中の夫梅吉を代理し右梅吉及び原告を養親とし被告を養子とする養子縁組をなし、その旨届出でたところ、その後梅吉に対し失踪宣告の裁判が確定し、同人は明治三十八年五月二十五日死亡したものとみなされた事実を認めることができるから昭和三年十一月二十三日原被告間に原告を養親とし被告を養子とする養子縁組が成立したものというべきである。よつて原告被告間に縁組を継続し難い重大な事由が存在するかどうかにつき按ずるに各成立に争いのない甲第一乃至第四号証証人野間源一、同森ヨシ子同三谷弘の各証言、原告本人の供述の一部に弁護の全趣旨を綜合すれば、原告が明治二十六年十二月二日訴外山川梅吉と婚姻し、明治三十年九月二十六日長男丈夫を儲けたが梅吉はその頃単独でハワイに出稼ぎに行き二年位後から音信が絶え生死不明となつた事実、丈夫は大正十一年九月二十五日死亡しその遺児明も亦その一カ月後に死亡した事実、被告が昭和三年十一月二十三日原告と養子縁組をした後今次大戦の終結に至るまで呉海軍工廠に勤務して原告と別居生活をし、終戦後原告の下に帰つて同居の生活を初めた事実、その後原告と被告及びその妻との間が兎角折合悪く生活しているうち被告が原告に無断で昭和二十三年梅吉の失踪宣告の申立をなしその宣告を得、右宣告は確定しその旨届出で自ら戸籍簿上家督相続人になつた事実原告が後日これを発見して家督相続無効による戸籍訂正許可の裁判を得て戸籍の訂正をした事実、その後も原被告仲が悪く別世帯をなし各別に冷い生活を続けている事実、昭和二十七年一月十一日原告が一時家出をした事実、被告が昭和二十七年三月二十八日原告を相手方として離縁並びに財産分与の調停申立を広島家庭裁判所にしたが調停が不調に終つた事実、原告が昭和七年七月十九日広島市江波町字長通六百八十三番地田五畝一歩を買受け被告名義に登記し爾来原告が耕作して来たところ最近被告がその地目を宅地に変更し且つこれを他に売却しようと欲した事実を認めることができるけれども、被告が昭和二十六年十一月二十三日頃原告に対し「おばあさんに鎌を打込んでやろうか」等と罵言したとの事実はこれを認めるに足る証拠がなく、昭和二十七年一月十一日の原告の家出が家庭の不和を苦にし投身自殺を決意したためであつたとの事実についてはこれに沿う原告本人の供述は措信し難く、その他右事実を認めるに足る資料はない。

而して新民法における養子縁組の本旨は養親と養子との間に恰も実親子間におけると同様の情誼を期待するにあるものと解すべきところ、以上認定の事実によれば原告及び被告は終戦後の同居以来不仲となり現在においては相互に何らの情愛も存在しないものと認めざるを得ず、養子縁組の本旨に反する状態であるといわねばならないけれども、証人中山ミス、同残華由郎、同中島ヨネ、同中谷伝一、同山川照美の各証言被告本人の供述を綜合すれば被告は亡山川梅吉の姉の子であつて十五歳の頃から呉海軍工廠に勤めていたところ、山川梅吉が前記のとおり行方不明であり又原告との間に子がないため山川家の後継者を作るため親戚相談の上二十五歳の頃である昭和三年に原告と養子縁組をしたのであつて、爾来終戦直後に至るまで勤務の関係で原告と別居して呉市に居住したけれども元来真面目な性格の持主であり、且つ生涯を山川家で過すという決心で縁組をしたので原告と別居せる約十七年の間月四十円乃至六十円の月給のうちから毎月十円乃至二十円を原告に送金し右送金は被告が昭和九年に山川照美と婚姻し昭和十年に武子、昭和十七年に浩司の二子を挙げ漸次家族の増大と共に出費が増えたのにかかわらずなおこれを続け、更に日曜日等勤務の余暇には原告を訪い耕作の手伝をする等誠意を以て原告に尽し原告も欣んでこれを受入れていたのであるが、終戦後被告が家族を引連れ原告方の世帯に加わり同居するようになつたところ食糧不足の折柄のこととて原告の目には被告の妻照美が兎角食糧を悟しんで自己に充分につくさぬように見え初めたことが原因となり、照美との仲が悪くなり出し被告に対し照美と離別せよと求めたけれども被告がこれに肯んぜず、ために原被告は世帯を別にし反目するようになつた事実を認めることができ、以上のとおり被告が原告に対し別居中は永年真実の親子に勝る情愛を以て仕え原告もこれを欣んで受け入れていたことを考え合わせれば或は原被告間に将来再び従前のような情誼が復活する見込がないとはいい切れないだけでなく、原被告が不仲となつた原因も被告の責に帰すべき事由によつたものと認め難く、又不仲となつて後の被告の言動に多少遺憾の点はあつたにしても特に非難すべき行動が見当らないのに、過去において永年原告に尽した被告の行動を無視して被告に離縁を強制するのは被告に対し酷であるというべく、従つて原被告間には縁組を継続し難い重大な事由は存在しないものといわねばならない。

尤も被告を非難すべき事由として次の事実を数える者があるかも知れないがそれはいずれも次に示す理由により失当である。即ち昭和二十三年中被告が梅吉の失踪宣告の手続をとるにつきその配偶者である原告に無断でしたことは適当でないといえるけれども、当時は既に梅吉の三十三回忌法要のなされていた頃である事実、当時既に原告及び山川家の親族間において梅吉の生存を信ずる者がいなかつた事実は被告本人の供述により認め得べく、しかも当時の原被告間に感情の疎隔を来していた状態の下では原告に無断で右手続をとつたことにつき被告を深く非難することはできない。又証人野間源一の証言原被告本人の供述を綜合すれば、昭和二十六年十一月二十三日頃被告が野間源一方で同人に対し「おばあさんに鎌を打込んでやろうかと思つた云々」と申向けた事実を認め得べく、この言葉は不当であるといわねばならないけれども、これは直接に原告に向つてなした罵言ではなく、野間に対し当時の不仲な状態における被告の欝積する感情を洩らしたのに過ぎないと解せられるから、これ又深くとがむべきでなく又原告耕作中の農地を地目変更した上他に売ろうと欲した事実はそのことだけで直ちに原告の唯一の耕地を奪い同人を窮地に陥れる行動と見るに足らないもので原告がそのため耕作をやめるようになれば被告が原告に対し現金を与えて扶養するつもりであつたかもしれないからこれを以て被告を非難するに足る事由と認め難い。

よつて原告の本訴請求はこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 柚木淳)

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